着物の左前・右前にはどんな意味がある?死装束との関係も
お葬式のマナー・基礎知識
この記事はこんな方におすすめです
着物の左前・右前の意味を知りたい
左前・右前の覚え方や注意点を知りたい
日常で着物を着るときは、本人から見て右側を手前にする右前に着付けるのが基本です。現代では着物を左前にするのは亡くなった人に死装束を着せるときのみで、日常で左前にするのは縁起が良くないこととされています。この記事では、右前・左前それぞれの意味と、死装束が左前になった由来、右前の覚え方や注意点、よくある疑問を紹介します。
目次
着物の左前・右前の意味は?それぞれの着用シーン
着物の衿合わせは、日常では右前に、亡くなった人には左前に着せるのが通例です。左前・右前の詳しい意味と、それぞれの着用シーン、着物の左前が由来となったことわざを紹介します。
左前・右前とは
着物を着る際に言われる左前(ひだりまえ)とは、自分から見て左身頃が手前にくる着方のことです。対面した相手からは左側の着物が上に重なっているように見えます。
右前(みぎまえ)は反対に、着物の右身頃が手前(自分側)にくる着方を言います。
通常は右前で着る
普段、着物を着る際は右前で着るのが正しい着方です。左前で着るのはタブーとされています。
右前で着るようになった理由は諸説ありますが、一説では奈良時代の718年に出された衣服令(えぶくりょう・いふくれい)がきっかけとなり右前で襟を合わせることになったと言われています。すべての衣服を右前で着るように定めた法令で、当時文化の中心地であった中国の影響を受けたものと考えられています。
左前にするのは亡くなった人に着せるときのみ
今では、着物を左前にするのは亡くなった人に「死装束(しにしょうぞく)」を着付けるときのみです。死装束とは亡くなった人に着せる白い着物のことで、仏教では宗派により「経帷子(きょうかたびら)」と呼ぶこともあります。
白い色が選ばれるのは、古くから日本では紅白という色を特別視していて、「紅」は生、「白」は死の象徴と捉えられていたからとする説があります。
経帷子について詳しくはこちらの記事で紹介しています。
経帷子の概要
死者に着せる白い着物が経帷子(きょうかたびら)です。どのようなものなのか、具体的に紹介します。
左前のイメージから生まれたことわざがある
「経営状態が悪くなる、物事が上手くいかなくなる」という状態を表す「左前になる」ということわざがあります。これは縁起が悪い、不吉だという着物の左前のイメージから生まれた言葉だと考えられています。
死装束が左前になった由来
亡くなった人に死装束を左前にして着せる風習には、いくつかの由来があるとされます。古くから語られている由来を3つ紹介します。
逆さ事(さかさごと)
葬儀の際に、日常のさまざまな行為を通常とは逆にしておこなうことを逆さ事と言います。一説によると、あの世とこの世を区別するためと考えられていて、着物の衿合わせを逆にする左前もそのひとつです。逆さ事には他にも以下のようなものがあります。
- 北枕:故人の頭を北向きになるように寝かせる
- 逆さ屏風:故人の枕元に立てる屏風を逆にする
- 逆さ着物:死装束の上からかぶせる故人のお気に入りの着物を上下逆にする
なお、逆さ事は宗派によっておこなわない場合もあります。
奪衣婆(だつえば)
故人の着物を左前にしておくことで、奪衣婆に着物を奪われないとする仏教の言い伝えがあります。奪衣婆とは、故人が三途の川を渡るときに着物を奪い取るとされている鬼婆のこと。奪衣婆が奪った着物は懸衣翁(けんえおう)により木の枝に掛けられ、枝のしなり具合をみて生前の罪の重さをはかると言われています。
三途の川については、こちらの記事で紹介しています。
三途の川とは此岸と彼岸の境界にある川
三途の川とは、死者があの世へ行くときに渡る川です。死後の世界の言い伝えではありますが、この川の意味や由来には仏教と深い関わりがあります。
神仏に近づいた証
死後は貴人も庶民も平等に神仏に近い尊い存在になるという考えから、死装束は左前に着せるという説もあります。かつて中国では、高貴な人は衣服を左前、庶民は右前で着るものとされていました。日本でも718年に衣服令が出される以前は、同じような思想があったと考えられています。
死装束を着せるときのマナーについては、こちらの記事を参考にしてください。
死装束を着せるときのマナーと注意点
死装束の着せ方にもマナーや注意点があります。いざというときのためにチェックしておいてください。
左前と右前を間違わないための4つの覚え方
左前と右前を間違わないための4つの覚え方を紹介します。右左をとっさに判断するのが苦手である、左利きであるなど、人によって覚えやすい方法は異なります。自分に合った覚え方を探してみてください。
①相手から見ると衿元が「y」になると覚える
右前で着るときに、左右がとっさにわかりづらい人は、対面した相手から見て衿元が英語の小文字の「y」の形になると覚えると良いでしょう。自分ひとりで着る場合も、鏡を見て衿元が「y」の字になっていれば正解です。「誰から見て」を間違わないようにするのがポイントです。
②着物の柄が鮮やかな方が上側と覚える
衿元や裾などにある着物の柄は、上側になる方が鮮やかに描かれている場合が多いです。相手に美しく見せられるのはどちらになるかを考えるようにすると良いかもしれません。
③右手を衿元に入れやすければ正解と覚える
正しく右前で着ていると、右手を懐に入れやすく衿を正しやすいです。特に右利きの人は便利で覚えやすいでしょう。
④女性は「洋服の逆」と覚える
文化の違いによって、女性用の衣服は着物と洋服では合わせ方が左右逆になります。そのため女性は洋服と同じ感覚で着物を着ると左前になってしまいます。「着物と洋服は合わせが逆になる」ということも頭に入れておいてください。
また「前」には「先」という意味もあるので、着物の場合は「右手で持っている身頃を先に体に合わせる」と覚えておくのも良いかもしれません。
画像が反転するスマホ撮影では左前と誤解される可能性も
自撮りに便利なインカメラ機能に切り替えて撮影すると、左右が反転してしまうスマホは少なくありません。洋服をきているときであれば問題ありませんが、着物を着ているときだと衿が左前に見えてしまうのが気を付けたい点です。
特にSNSなどを利用している人は、反転したままの写真を投稿すると見た人から思わぬ誤解を受けるおそれがあります。必要に応じて左右反転機能をオフにする、「反転しています」と一言添えるなどの配慮を加えるのがおすすめです。
着物の衿合わせについてのよくある疑問
最後に男性が着物を着る場合や、浴衣の着方について紹介します。また、着物は衿の合わせ方によって印象が変えられます。衿の合わせ方に関するよくある疑問にもお答えします。
男性が着物を着るときは右前?左前?
洋服の前合わせは男女で違いがありますが、着物は男女同じく右前で着るのが基本です。
洋服の前合わせが男女で異なる理由は諸説あります。一説によると、中世の貴族階級でボタンの付いた服を着るようになった際に、数が多い右利きの人が着やすいように男性のボタンは右に、一方、女性はお付きの人が着せやすいように左にボタンが付けられるようになったとされています。
浴衣も右前で良い?
夏祭りや花火大会の際などに夏の風物詩として親しまれている浴衣も、男女ともに右前で着ます。旅行先のホテルや旅館などに置いてある浴衣を着る場合も同様に、右前が基本と考えてください。
TPOに応じた衿合わせとは?
着物は衿の角度によって、きちんと感が出たりやわらかい印象になったりとイメージを変えられます。印象別の衿合わせが下記です。
<フォーマルな場には:深めの衿合わせ>
90度くらいの角度が深めの衿合わせは、きちんと感が出るのでフォーマルな場に向いています。フレッシュな印象でもあるので、20代前後の若い世代の人も着こなしやすいでしょう。
<カジュアルに着るには:浅めの衿合わせ>
ちょっとしたお出かけには、角度が60度くらいの浅めの衿合わせでも問題ありません。大人っぽく着こなしたい若い世代の人や、ご年配の人にもおすすめです。
なお体型によっても合う角度は変わるので、自分に合った衿合わせを探してみてください。
着物の左前・右前は長い歴史で作られた文化のひとつ
日本で長い歴史を持つ着物。現在では通常は右前、亡くなった人には左前に着せるのが慣習となっています。それは歴史の中でのさまざまな風習や言い伝えにより決まったものです。マナーだけでなく、その意味も知って着物を楽しんでください。