「人はいくつになっても生まれ変われる」松村雄基さん【インタビュー後編】~日々摘花 第47回~

コラム
「人はいくつになっても生まれ変われる」松村雄基さん【インタビュー後編】~日々摘花 第47回~
ふたりきりで暮らしたお祖母様を18歳から20年間介護し、2000年8月に見送った松村雄基さん。後編ではお祖母様の最期への思いや、ご自身の死生観についてお話しいただきました。

親代わりの祖母を見送って知った、セレモニーの意味

−−お祖母様は晩年の10年間を特別養護老人ホーム(特養)で過ごし、88歳で亡くなりました。眠るような最後だったそうですね。

松村さん:夜勤の職員さんが見回りをしてくださった時は何の異変もなく、翌朝、冷たくなっていたと聞きました。僕は仕事で九州にいたのですが、あのころは常に祖母のことが頭のどこかにあったので、留守電に残っていた「何時でもいいから、連絡をください」というマネージャーからの伝言で、何が起きたのか察しがつきました。

朝一番の飛行機で帰り、通夜の日は祖母のそばにいることができましたが、翌日の葬儀後は舞台の本番があり、火葬には立ち会えませんでした。慌ただしいお別れでしたが、「親の死に目に会えない」と言われる役者稼業、僕は祖母と最後のひと晩を過ごすことができただけでも幸運だったと思います。

−−お祖母様と最後にお別れになる時に、何かお言葉はかけられましたか。

松村さん:「ありがとうございました」「これからも見守っていてくださいね」とは言ったかな。葬儀当日は忙し過ぎて、しっかりとは覚えていません。ただ、振り返ってみれば、忙しさに救われました。家族が亡くなると、葬儀や役所関係の手続きなどやるべきこと、やらなければいけないことがたくさんあって、忙殺されますよね。僕の場合は叔母が助けてくれましたが、それでもバタバタとして、悲しみに暮れる間がありませんでした。ああいう時間が祖母との別れの痛みを和らげてくれたように思います。葬儀というセレモニーには、そういう意味もあるんだなと感じました。
−−お祖母様が亡くなって20年以上経つ今、存在をどのようにお感じになっていますか。

松村さん:祖母が亡くなった時、もちろん悲しかったし、寂しさもありましたが、それ以上に大きかったのは「これでもう、祖母は苦しまなくていいんだな」という安堵感でした。眠るように亡くなったとはいえ、晩年の祖母は誤嚥性肺炎を繰り返し、顔が紫色になるようなこともありました。

これは僕の自分勝手な考え方かもしれませんが、病院で管に繋がれ、涙を流して苦しむ祖母を目の前にするよりは、亡くなってからの方が穏やかに祖母に向き合えているように思います。だから、なのでしょうか。生前以上に祖母が近くにいてくれているような気がして、喪失感があまりないんです。今も、朝起きたら「おはよう」と祖母に話しかけたりしています。

還暦を迎え、43年間手書きの会報に揮毫した文字

−−お祖母様が亡くなって20年あまり。松村さんは2023年11月に還暦を迎えられましたね。颯爽としたお姿からはにわかに信じがたいです。

松村さん:季刊で発行しているファンクラブの会報を43年間手書きで書いていましてね。毎号、その時の思いや皆さんに伝えたい言葉を書で表現して巻頭に掲載しているのですが、2023年12月号は「還」(かん)にしました。「還」という字には「ひとめぐりする。もとへ戻る」「ふたたび」という意味があります。還暦を機に初心に返り、お世話になった方々への感謝の気持ちも新たに、一から貪欲に歩んでいきたいという思いを込めて書きました。

俳優歴も40年を超えました。これには僕も驚いています。芸能界に憧れていたわけではなかったのに、って。14歳の時に僕をスカウトし、僕を支え続けてくれた社長は、2023年8月に亡くなりました。社長がいたから、今の僕がいます。先ほどお話ししましたが、祖母は社長の人柄を信頼して僕を芸能界に送り出しました。祖母の人を見る目は間違っていなかった、と思います。僕は本当に人に恵まれました。

還暦を迎えて最初の舞台は、ミュージカル『クリスマス・キャロル』。僕が演じたのは、守銭奴の商人で、誰の愛も受け取らず、誰にも愛を注がず、孤独に生きる老人・スクルージ。彼が精霊とともに過去・未来・現在を旅し、さまざまな人たちの愛に触れて、徐々に心を開いていく物語です。
松村さん:物語前半のスクルージは人を寄せ付けない老人ですが、彼は元からそうだったわけではありません。純粋無垢な心を持っていたけれど、若くして妹が亡くなったり、人間関係のちょっとしたすれ違いなど人生のさまざまな過程を経て、心を固く閉ざすようになった。その彼が後半では人の優しさに触れて変わっていく。感謝、慈悲、奉仕の心、人に対する愛の大切さを知り、失ったものを取り戻していくんですね。

僕は前半と後半、どちらの彼の思いも理解できます。程度の差こそあれ、僕にも一人になりたい、誰とも話したくないという気持ちになることがありますし、人間は誰でもちょっとしたきっかけでそうなるものなのかもしれません。でも、後半で彼は変わります。

人生は厳しいけれど、素晴らしいもの。人の心は脆く、道を誤ることもあるけれど、自らが良かれと思うことを行動に移して行けば、人はいくつになっても生まれ変われる−−これが、僕がこの作品から受け取ったメッセージです。

「いくつになっても生まれ変われる」って希望のある言葉だと思いませんか? だって、「いくつになっても」ですよ(笑)。僕は30代から毎日トレーニングを続けていますが、昨年、一昨年は平気でこなしていたことが、今年はやっとだったりして、生きるって楽なことではないなと実感しています。そんな中、生まれ変わっていくスクルージを演じることで、「お前も頑張れ」と励まされたような気がしました。

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」

−−『クリスマス・キャロル』もそうですが、昨年に続き今年の夏も『ムーラン・ルージュ』のハロルド・ジドラー役に抜擢されるなど、ここ数年はストレート・プレイに加えミュージカルに出演されることが増えていますね。シャンソン歌手としても活動されていたり、2022年からは事務所の社長も務めていらっしゃるなど、先ほど伺った「一から貪欲に」というお言葉通りのご活躍ですが、人生の最後を迎える時にこうありたいというイメージはお持ちですか。

松村さん:全くなかったのですが、この取材のお話をいただいて考えてみました。最初に思ったのは「あまり惨めには死にたくないな」ということです。できれば、寂しくは逝きたくない、苦しまずに逝きたいなと。

でも、よくよく考えるとちょっと違うなと感じました。何が引っかかっているのかなと考えた時、ずっと心に残っていた不思議な言葉を思い出しました。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」という言葉です。誰によるものかを知らなくて今回調べたところ、カメラマンであり随筆家の藤原新也さんでした。

インドのガンジス河の岸辺に流れ着いた遺体を野犬が貪り食う写真に添えられた言葉で、解釈は人それぞれだと思いますが、僕自身は人の心のあり方を示す言葉として受け取りました。人は一人きりでは生きていけませんが、一人で生まれ、一人で死んでいきます。犬に食われて死のうとも、その人自身が自分の人生を「これで良かった」と思っていたならば、その死は惨めではありません。
松村さん:自らの意思ひとつで、死すら自分らしいものとする自由が人間にはある。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」という言葉の意味をそう捉えるとすると、この言葉こそがご質問の答えとしてしっくりきます。苦しむのも僕、一人で死ぬのも僕、野垂れ死ぬのも僕の自由。そう言い切って死ねるくらい、人生を存分に生き抜きたいです。

−−最後に、読者に言葉のプレゼントをお願いします。

松村さん:「心華」​という言葉はいかがでしょうか。心の華と書いて、「しんげ」と読みます。僕は30歳の時に書道を始め、書を続ける中で知った言葉です。「墨場必携」という作品を書く時に参考となる詩や文章を集めた辞典で出合いました。「草木が天地の恵で花を咲かせるように、仏の教えで心に華を咲かせよう」という意味の仏教用語だそうです。
松村さん:僕は仏の教えの何たるかを知りませんが、「今日生かされていることをありがたいと思い、その気持ちを以って自分の心に華を咲かせたい」という思いでこの言葉をよく書きます。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
食べるというのは、命をつなぐ行為。仮に「最後の食事」で、もう自分の命が終わることがわかっているならば、僕にとって「何を食べるか」よりも「誰と食べるか」が大切です。ですから、気の置けない仲間や家族と、そこにあるものをありがたくいただきたいです。

松村さんの朝食

還暦を迎えた現在も、若々しく引き締まった体型を維持している松村さん。秘訣は規則正しい生活。11時前後に就寝し、4時半には起床して毎朝のランニングを欠かさない。朝食メニューも20年以上変わらず、納豆、キムチ、ヨーグルト、ゆで卵、バナナ、わかめスープが定番。健康維持のために発酵食品を食事に取り入れるよう意識している。

プロフィール

俳優/松村雄基さん

【誕生日】1963年11月7日
【経歴】東京都出身。1980年にテレビドラマ『生徒諸君!』の沖田成利役でデビュー。以後数々のドラマや映画、舞台で活躍。剣道家、書家でもある。第17回東京書作展(東京新聞社主催)にて内閣総理大臣賞を受賞。

Information

舞台『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』

2023年夏に東京・帝国劇場で日本初演の幕を開け、85回の公演を走り抜けた『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』。2024年は東京・帝国劇場(6月20日〜8月7日)に加え、大阪・梅田芸術劇場(9月14日〜28日)で上演される。松村さんはムーラン・ルージュの支配人ハロルド・ジドラーを橋本さとしさんとダブルキャストで演じる。チケット好評発売中。
https://www.tohostage.com/moulinmusical_japan/
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)