「天国の娘に捧げたキルト」タレント・キャシー中島さん【インタビュー前編】~日々摘花 第52回~

コラム
「天国の娘に捧げたキルト」タレント・キャシー中島さん【インタビュー前編】~日々摘花 第52回~
太陽のような明るい笑顔が印象的なタレントのキャシー中島さん。キルト作家としても活躍しています。20歳で出合ったキルトに魅せられ、3人の子育てで大忙しの日々も針を動かし続けたキャシーさんですが、2009年に長女・七奈美さんを亡くした時は、しばらく針を持てませんでした。その悲しみにどのように向き合い、再び前を向いて歩き始めたのでしょうか。
人は必ず、大切な人との別れを経験します。その深い悲しみと、そこから生まれる優しさを胸に、“今日という日の花を摘む”ように、毎日を大切に生きてゆく……。「日々摘花(ひびてきか)」は、そんな自らの体験を、様々な分野の第一線で活躍する方々に共有していただく特別インタビュー企画です。

ワンオペ育児中も、夜、キルトを縫えば心が安らいだ

−−キャシーさんがパッチワークキルトを作りはじめたのは20歳の時だったそうですね。

キャシーさん:ちょうどモデルからタレントになるという時期でした。モデルの最後の仕事としてアメリカでCMの撮影があり、フリーの時間にサンタモニカの街を散歩していた時、小さなお店のウィンドウに飾られていたパッチワークキルトに目を奪われたんです。子どものころに映画『若草物語』で見て憧れたベッドカバーそのままの、美しいキルトでした。

お店の方に「あのベッドカバーをください」とお願いすると、「あれは売り物ではなく、自分で作るための見本ですよ」と言っていくつものキルトを見せてくれました。当時の日本ではキルトが広まっていなくて、私も実物を見たのはこの時が初めて。その場で作り方を教わって、英語のテキスト本と布を買い込み、ホテルに帰って夢中で縫いはじめました。1972年の夏が終わるころでした。

−−もともと手芸がお好きだったんですか?

キャシーさん:大好きでした。幼いころに両親が離婚して、 小学生のころには母とも離れて暮らした時期があったのですが、ご近所の方々がとても温かくて。シャツを縫う内職をしているおばさんから端切れと針をもらって、ひとり遊びをしていたのが始まりで、刺繍をしたり、編み物をしたり。モデル時代も撮影の合間にマフラーや手袋を編んで、家族や友人にプレゼントしていました。

ただ、モデルの仕事はとても忙しくて、とにかく時間がありませんでした。一方、タレントの仕事は番組収録の待ち時間が長くて、2、3時間待つことも多かったんですね。おしゃべりをしたり、本を読んだり、みんな思い思いに過ごしていましたが、私はこの時間にパッチワークをしていました。カットした布を小袋に入れて、仕事の待ち時間にチクチクと針を動かし、縫いためたピースを休日につなぎ合わせて、大きな1枚のキルトに。生活のリズムとキルトづくりのリズムが一緒だったんです。だから、自然にキルトが生活に溶け込んでいきました
キャシーさん:27歳で勝野(俳優・勝野洋さん)と結婚して間も無く長女・七奈美を出産。29歳の時に次女・雅奈恵が誕生後、静岡県・御殿場市に引っ越し、翌年には長男・洋輔も生まれて5人家族になりました。東京を離れて御殿場で暮らすことにしたのは、子育てに集中したかったからです。私は幼いころに母と離れて過ごす時間が多かったから、自分の子どもには同じ思いをさせたくなくて、結婚後は一度仕事を辞めました。御殿場の自然の中で専業主婦として暮らした7年間はかけがえのない時間でした。

幼い子が3人いれば毎日大騒ぎです。夫は家事に協力的でしたが、東京で仕事を終えてすぐに東名高速を飛ばして帰ってきても、帰宅は夜中。今でいうワンオペでしたし、思い通りにいくことばかりではなく、悩んだり、ジレンマに陥ることがなかったわけではありません。でも、やっと寝た子どもたちの顔を見ながら、夜中にチクチクとキルトを縫っていると安らぎました。ひと針ごとに心のざわつきが溶けていくようでした

娘の死に泣き明かした日々。もう針は持てないと思った

−−ご著書を拝見すると、ご家族のためのキルトをたくさん作られていますね。

キャシーさん:七奈美のためのファーストキルトは「サンボンネット・スー(日よけ帽子を被って顔が隠れた女の子の柄)。雅奈恵には「ドレスデンプレート(ドイツ・ドレスデン地方のお皿をモチーフにした柄)、洋輔は私が初めて作ったキルトを使っていたので、椅子に敷くパフを作りました。バックなど小物も数え切れないほど作りました。子どもたちの顔を思い浮かべながら、それぞれの個性に合わせて作るのが楽しくてたまりませんでした。

子どもたちが通う幼稚園でお母さんたちにキルトを教えたことがきっかけで「教えて」と言われることが増え、教室を開いたり、本も出すようになりましたが、キルトを仕事にと最初から考えていたわけではありません。キルトに恋をして、大切な家族のために縫うことが幸せで。結婚7年目には芸能活動にも復帰し、仕事で悩んだり悔しい思いをすることも人並みにありましたが、家族仲良く暮らせていれば、小さなことは気にならないと思っていました。

あのころはまさか、七奈美が私たちよりも早く天国へ旅立つなんて、想像したこともなかったです。七奈美は元気で明るく、妹と弟を大事にする子でした。歌が好きでアーティストとしてデビューし、愛する人と結婚した矢先に肺に小細胞がんが見つかり、それからわずか7カ月後、2009年7月に29歳で亡くなりました。七奈美に贈ったウエディングキルトは棺に入れました

この時ばかりは、もう針は持てないと思いました。毎日泣き明かして、記憶もおぼろげです。でも、2カ月ほど経ったころ、「このままではいけない」と思い至ったんです。「七奈美が好きなのは、泣いてばかりいる私じゃない。前を向かなければ」って。

15年を経た今。涙は見せたくない

−−前を向くというのは、簡単なことではなかったでしょうね。

キャシーさんどうすればいいのかわかりませんでした。でも、「今日は明るい服を着よう」、「今日は出かけてみよう」と一歩ずつ踏み出して……。ある時ふと七奈美の好きだったオレンジ色のキルトを作ってみよう、と思ったんです。

「マリナーズコンパス(羅針盤)」という、太陽やひまわりを連想させる大好きなパターンを中心に、あの子の大好きな明るいオレンジをたくさん使って作ろう。そうイメージした途端に力が湧いて、一気に作りました。縫っていると七奈美と会話をしているようで、寝る間を惜しんで作りましたね。
キャシーさん:完成したキルトは「サンシャインガール」と名づけました。いつも明るく輝いていた七奈美のようなキルトです。このキルトをきっかけに、立て続けに新しい作品を作りました。「もう、泣かない」と自分に言い聞かせるように、夢中になって針を動かし続けました。

だけど、ごめんなさい。七奈美の話をすると、こうして涙が出ます。15年経っても気持ちの整理がついていません。やっぱり、立ち直るのは難しいの。娘を亡くすというのは、こういうこと。涙は見せたくないから、昔のことは思い出さないように努力しています。

「サンシャインガール」は今、御殿場のキルトミュージアムに飾っています。このミュージアムは私たちが17年間暮らした家を改装したもの。東京に引っ越す時、処分することも考えたのですが、七奈美が「私たちの田舎がなくなっちゃう」と反対して、残すことにしました。おかげでこのミュージアムがあります。

七奈美は本当に明るくて強くて、家族愛にあふれた子でした。「サンシャインガール」を前にすると、今も七奈美をそこに感じます

~EPISODE:追憶の旅路~

人生でもう一度訪れたい場所はありますか?
2014年9月にキルトスクールの生徒さんたちと旅をした、フィンランド最北端・旧ラップランド州の州都ロヴァニエミです。ロヴァニエミはサンタクロースの故郷として知られる街。サンタクロース村で少女のように目を輝かせる生徒さんたちの表情が忘れられません。北極圏の入り口に位置し、オーロラが現れる街としても有名ですが、滞在中はぼんやりとした白い光しか見えず、それだけが心残りでした。後で聞いた話では、大きなオーロラが現れやすいのは晩秋以降なんだそう。いつか再び訪れて、光のカーテンのようなオーロラを見たいです。

サンタクロースエクスプレス

ロヴァニエミまではフィンランドの首都・ヘルシンキから飛行機で1時半ほど。鉄道でも移動でき、寝台車や食堂もある夜行列車「サンタクロースエキスプレス」も人気。ヘルシンキ中央駅・ロヴァニエミ駅間の約700kmを12時間半ほどで走り、予約はフィンランド鉄道(VR)のWebサイト(英語版あり)から直接行うこともできる。
ヘルシンキ中央駅

プロフィール

タレント・キルト作家/キャシー中島さん

【誕生日】1952年2月6日
【経歴】ハワイ・マウイ島生まれ、横浜育ち。1969年、モデルとしてデビュー。現在はタレントとして活躍する一方で、パッチワーク作家として創作や指導に当たっている。国内外のキルトコンテストにて数々の受賞歴があり、著書も多数。

Information

ワールドキルトフェスティバル2024
キャシーさんが代表理事を務める日本キルト協会主催の国内最大のキルトの祭典「ワールドキルトフェスティバル」が2024年度も開催されます。国内外のキルト作家の作品が一堂に介すほか、100店以上のマーケットブース、キルト体験コーナー、フードコードなど盛りだくさんの内容で、キルトに初めて触れる人も楽しめそう!

日時:2024年11月7日(木)、8日(金)、9日(土) 
10:00~17:00(最終日は16:00終了)
会場:パシフィコ横浜展示場Bホール
入場料(1日券・税込):<前売り>会員 1400円 一般 1800円
<当日>会員 1800円 一般2200円
※会員は当日会員証をご提示ください/中学生以下無料
※詳細は日本キルト協会Webサイトでご確認ください。
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)