「葬儀は故人の“最後の人生劇場”」久米小百合(元・久保田早紀)さん【インタビュー後編】~日々摘花 第16回~

コラム
「葬儀は故人の“最後の人生劇場”」久米小百合(元・久保田早紀)さん【インタビュー後編】~日々摘花 第16回~
「日々摘花(ひびてきか)」は、様々な分野の第一線で活躍する方々に、大切な人との別れやその後の日々について、自らの体験に基づいたヒントをいただく特別インタビュー企画です。

本編は、第16回のゲスト、音楽伝道者・久米小百合さんの後編です。
「久保田早紀」として名曲『異邦人』を生み出し、現在は音楽でキリストの教えを伝える音楽伝道者として活躍している久米小百合さん。前編では、久米さんが神のために歌う道を選んだ理由と、賛美歌を愛したお母様との別れについてお話しいただきました。後編では、天国へ旅たったご両親への現在の思いや、ご自身の死生観、葬儀の理想像をうかがいます。

天使になってアコーディオンを弾く父と料理の腕を振るう母

ーーお母様が他界されて8年が経ちましたね。お母様への現在の思いは?

久米さん:母は絵に描いたような「お母さん」だったんです。「お洒落なお母さん」ではなかったけれど、いつも家族のことを思い、温かいおにぎりをたくさん作ってくれました。「久保田早紀」時代も、楽屋によく手作りのケーキなど差し入れをどっさり持って来てくれたものです。「食べ切れないから」と断っても、「残してもいいから」とモノだけ置いてスッと消えちゃう。「究極のスタッフ」のような人でした。

私はひとりっ子で育ち、結婚後もあれやこれやと世話になっていました。母の存在はあまりに大きく、亡くなって2年くらいはロス状態。事あるごとに「ああ、こんな時にお母さんがいてくれたら」と思いながら過ごしました。

父もすっかり元気をなくし、2015年に他界。両親がこの世を旅立ったことに、いまだにさみしさは感じます。でも、父も母に続けて洗礼を受けましたから、いつかは天国で再会できる。100パーセントそう信じているので、悲しくても、暗い気持ちになったことはありません。私の場合、クリスチャンでなかったら、泣き暮らしていたと思います。

キリスト教では、「天国に行った信徒は、天使のように神様にお仕えしている」という考えがあるんですよ。両親は天使になり、「お父さん」、「お母さん」はもういません。でも、「料理上手の母のことだから、天国でも腕を振るっているはず」、「お父さんは大好きなアコーディオンを弾いてるかな」と天国の両親に思いを馳せると、明るく、穏やかな気持ちになります。

英語の「生まれる」が受動態であることの意味

ーー久米さんは「死」というものをどのように捉えていらっしゃいますか?

久米さん:かつては、一番恐ろしいもの、避けるべきものと思っていました。だけど、今は、「死」は生きていることと隣り合わせにあると考えています。その意味はふたつあり、ひとつは、「死」というのはいつ訪れてもおかしくないということ。昔は「死」というものは遠くにあり、歳を取ったり、病気になった人が向き合うものだとぼんやり考えていました。

でも、母のように「病気知らず」だった人が、いきなり「末期の癌です」と言われることもある。「明日、何があるかわからない」ということを知って、今、この瞬間を生きようと考えるようになりました。難しいことだと知っていますが、「余命3カ月です」と告げられても、最後の最後まで今と同じように生きたい。それほど贅沢な人生はないと思っています。

もうひとつは、「生きざま」は「死にざま」だということ。これは、クリスチャンになり、人の生き方に深く触れるようになって実感しました。例えば、心の中にトゲがいっぱいあって、それを自分に刺してしまうような言動をしていた人であっても、生きることへの考え方、あり方が変わると、最期は安らかな表情で天国へ旅立つんです。「ありがとう」、「いい人生だった」と言って亡くなるんですよ。

ーー生きることの何が変わることによって、人生の最期に「ありがとう」と言えるようになると思われますか?

久米さん:私たちは何気なく「生きている」という言葉を使いますが、「生まれる」という意味の英語が「be born(生まれる)」で受動態であるように、自分の力だけで「生きている」のではなく、結局「生かされている」わけですよね。きっかけや時期は人それぞれですが、そのことに気づくことによってあらゆるものに感謝するようになり、人生を満ち足りたものとして感じられるようになるのだと思います。

ーー−自分が「生かされている」という実感は、意外と持ちにくいかもしれませんね。

久米さん:私自身もそうでした。ある宣教師の方が「久米さん、本当に自分の力でやっていることって、とても少ないんですよ」という話をしてくださったことがあったんですね。「いろいろな人にお世話になって生きているのだから、もちろんその通り」とうなずきましたが、同時に、「私自身が頑張ってやっていることもいっぱいある」と思ったんです。

でも、「朝起きて、空気があるということも当たり前ではないんですよ」とその方がおっしゃっり、ハッとしました。「ああ、そのレベルから私は生かされているのか」と気づかされたんです。それ以来、毎日に「ありがとう」をたくさん見つけるようになりました。

綺麗な色を身につけて、明るく見送ってもらいたい

ーー葬儀について、理想像はありますか?

久米さん:葬儀というのは、故人の「最後の人生劇場」を見に来ていただく場だと思うんです。両親の葬儀もまさにそうでした。母の葬儀は喪主である父を立てて仏式葬儀でしたが、セレモニーセンター専属のエレクトーン奏者が故人の好きだった曲を弾いてくださると聞き、思い切って賛美歌をお願いしました。仏式だから難しいかなと思ったのですが、笑顔で応じてくださり、「アメイジング・グレイス」の演奏とともにお坊さんが入場。温かで、明るい葬儀になりました。

父は教会で葬儀をあげました。私たちの教会では、牧師さんが生前の故人について「どんな方でしたか?」と家族にインタビューをするんですよ。面白いのは、故人との関係性によって答えがそれぞれ違うこと。我が家なら、息子は「とても優しいおじいちゃんでした」、私は「厳しい父でした」、主人は「いやー、結構、ビールの好きなお父さんでした」と答えたりして、来てくださった方に父の人物像が多面的に伝わったのではと思います。

私に何かあったら、さまざまな分野のアーティストが表現をしていってくれる、ミニライブや展覧会のような葬儀ができたらうれしいなと思います。そのための準備として、自分の好きな賛美歌やゴスペルソングをリストにしておこうと考えています。教会には声楽家もいればゴスペルシンガーもいるので、皆さんがマイクを奪い合うように歌ってくださるはず(笑)。

絵を描く方も多いので、「久米さんはこういう絵が好きだったよね」「こんな世界観を持っていたよね」と私を思い出しつつ、自分の作品を飾っていただけたら素敵ですね。あとはぜひ、赤いリボンを胸元に、靴下をピンクになど何か綺麗な色を身につけて、明るく見送ってもらえたらと思います。
ーー最後に、読者に久米さんが大事にしている言葉をいただけますか?

久米さん
:「親切なことばは蜜のしたたり。魂に甘く、骨をいやす」(旧約聖書 箴言16章24節)という言葉を贈ります。これは、私が最初に覚えた聖書の言葉。「親切な言葉が人を癒したり、健やかにする」ということを教える格言には出合ったことがなかったので、すごく新鮮で、綺麗な言葉だと感じました。

今はインターネットでの誹謗中傷も社会問題になっていて、どちらかというと、この言葉とは逆の事象が起きることの方が多いように思います。だからこそ、聖書によって紀元前から語り継がれているこの言葉が多くの人に伝わればうれしいです。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
私は食いしん坊で、聖書を読む時も、つい食べ物に目が向きます。キリスト教の世界をあまり知らなかったころは「聖書には堅苦しいお話ばかり」と思い込んでいましたが、大違いでした。食べたり、飲んだりするシーンが結構あって、イエス・キリストの「最後の晩餐」もそのひとつ。

聖書にメニューは記されていませんが、「最後の晩餐」は受難を前にしたキリストが弟子たちと祝った「過越祭(すぎこしのまつり)」の場面だと言われています。「過越祭」には肉を焼き、パンと苦菜(にがな)を添えて食べると旧約聖書で定められています。パンは酵母の入っていない硬いもの。スープなどに浸して食べたかもしれませんね。

「最後の晩餐」のパンと苦菜、スープを和食に置き換えると、温かいごはんとお漬物、お味噌汁でしょうか。人生の最後には、この3つを食べたいと以前から思っていたんです。やっと言う機会が巡ってきました(笑)。
エンダイブの写真

「過越祭」

モーゼ率いるユダヤの民がエジプトを脱出できたことを祝って春分後に行われるユダヤ教の祝節。旧約聖書で訳されている「苦菜」の元の言葉は「メローリーム」で、「苦み、苦しいこと、苦い薬草」という意味。現代ではエンダイブ(にがチシャ)やチコリ、クレソンなどが用いられることが多い。

プロフィール

音楽伝道者/久米小百合さん
【誕生日】1958年5月11日
【経歴】共立女子短期大学を卒業後、1979年にシンガーソングライター・久保田早紀としてデビュー。デビュー曲『異邦人』が140万枚のヒットとなる。85年、結婚を機に芸能界を引退。音楽伝道師・久米小百合として活動を開始し、現在は音・言葉・絵画を組み合わせた新しいスタイルのチャペルコンサートを行っている。
【そのほか】東京バプテスト神学校神学科修了。カーネル神学大学院博士課程修了。「オリーブオイルジュニアソムリエ®」と「オリーブオイルアドバイザー TM」(一般社団法人日本オリーブオイルソムリエ協会認定)の資格を持ち、オリーブオイルのテイスティングをしながら聖書の世界を楽しく学ぶ「バイブルカフェ」の講師としても活動している。

Information

初めての自伝『ふたりの異邦人 久保田早紀*久米小百合 自伝』(いのちのことば社)。『異邦人』誕生の背景や芸能界引退の理由、キリスト教の伝道者として歌うことの意味、夫との出会いや38歳での出産、子育ての葛藤−−−−自身の人生と音楽について、飾ることなく語っている。
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)