父の最期の願いをかなえ、感謝を伝えたい。
その思いが、家族をひとつにした

京都府在住
M.K様(ご長女様)

父の葬儀をあげる日のことなんて、
想像したくなかった

「葬儀はにぎやかにしてくれ。一人ひとりにきちんとお礼とお別れがしたいから」 主治医から1年前に「余命1カ月かもしれない」と聞き、父は母にそう言ったそうです。その後間もなく、病状が悪化。緩和ケア病棟に入った時に、看護師さんから「葬儀の準備をしておいてください」と説明がありました

父は5年前に癌が見つかって以来、入退院を繰り返していたので、心のどこかで覚悟はしていました。ところが、いざとなると、ショックでしたね。父が生きているうちから父の葬儀をあげる日のことなんて、想像したくありませんでした。家族全員、同じ気持ちだったと思います。

それでも、大事なことだから、と一番上の兄が「京都花駒」に連絡して事前相談をし、段取りを確認しておいてくれました。おかげで、葬儀社の心配をすることなく父の最期をしっかり看取ることができ、兄に感謝しています。病院の厚意で、家族みんなの手で父に清拭をし、愛用のスーツを着せました。

父の体にはまだ温もりが残っていて、亡くなったことが現実と思えず、夢の中にいるような不思議な感覚でした。スーツを着た父を、「京都花駒」から迎えに来てくれた方が、生きている人に触れるように丁寧に搬送してくださったのを覚えています。

父自身が見ても喜ぶような
お別れの時間にしたかった

葬儀の打ち合わせが始まった時もまだ呆然としていましたが、「今はしっかりして、お母さんを支えないと」と思いました。ふたりの兄の心境も一緒だったはずです。葬儀をするからには悔いなく見送りたい、父自身が見ても喜ぶようなお葬式にしたいと考えていました。

葬儀について心配だったのは、新型コロナウイルス感染症への警戒が続く中、父の望んでいた、にぎやかなお葬式ができるかどうかです。そこで、葬祭ディレクターの中尾さんには、親族以外の方に来ていただけるのか、安心して参列できるのかをまずうかがいました。感染症対策について具体的に説明してくれて安心しましたし、細かい質問にもていねいに答えていただけて、心強かったです。

あたたかく明るい人柄があらわれている優しい笑顔

あたたかく明るい人柄が
あらわれている優しい笑顔

打ち合わせは、「父のために、にぎやかなお葬式を」という私たちの思いを中尾さんがしっかりと受け止めて話を進めてくれました。祭壇について相談しているときもそうでした。「明るいイメージにしてあげたい」と家族で話してはいたものの、どうしようと思っていたところ、中尾さんが父の趣味を聞いてくれ、「ゴルフがお好きなら、グリーンをイメージした花祭壇はいかがですか?」と間髪入れずアイデアを出してくれたんです。「ええなあ! お父さん、喜ぶなぁ!」と思わずみんなで口を揃えました。

父との時間のかけがえのなさを
感じさせてくれた、心づくしの空間

できあがった祭壇を最初に見たのは、私でした。お通夜の日のお昼過ぎ、お供えにいただいたお花を確認しておきたいと中尾さんにご相談し、家族の中でひとりだけ、先に会場に入ったんです。

中尾さんが扉を開けた瞬間、言葉を失くしました。そこには、父とゴルフを楽しんだグリーンそのままの光景が広がっていたからです。色とりどりの花々の中央にグリーンがあり、真ん中には白い花でホールまでのパターの軌跡が描かれていました。

ゴルフをイメージした花祭壇 グリーン上にはゴルフ場の本物の旗が

ゴルフをイメージした花祭壇
グリーン上にはゴルフ場の本物の旗が

驚いたのは、父が通ったゴルフ場の旗そのものが祭壇に立てかけられていたことです。中尾さんの顔を見ると、「皆さんには内緒にしておいてくださいね」と断って、「グリーンのホールに立てたくて、ゴルフ場にうかがってお借りしてきたんです」と教えてくれました。ありがたくて涙が出ました。

そのゴルフ場には、私や兄たちも学生時代から何度も連れて行ってもらいました。思春期で父とあまり話さなかった時期も、ゴルフが私と父をつないでくれたものです。祭壇に旗が立てられた光景を思い浮かべると、いつも優しかった父の笑顔がそこにある気がして、沈んだ心に明かりが灯りました。

父のパターを、ふたりの兄が一緒に
飾っていた姿が忘れられない

父が長年愛用していたパターを兄たちの手によって祭壇へ

父が長年愛用していたパターを
兄たちの手によって祭壇へ

祭壇と懐かしい旗を見て、母や兄たちも生前の父のゴルフ姿を思い出し、涙を流していました。中尾さんから「お借りできますか?」とお願いされていた父のパターを、ふたりの兄が一緒に祭壇に飾った光景が胸に残っています。

兄と言えば、喪主として皆さんに挨拶をした時の一番上の兄の姿は、家族の誰もが見たことのないものでした。
一番上の兄は明るい性格で、いつも冗談を言って周りを楽しませてくれるのですが、さすがに葬儀の場で皆さんを笑わせるわけには行かず、緊張の面持ち。私たちもドキドキしながら見守りました。

「頭が真っ白になって、何を話したか覚えていない」と本人は言いますが、自分の言葉で父への感謝の気持ちを話し、父の会社を継ぐ二番目の兄のことを「よろしくお願いします」と頭を下げた姿に、「やっぱり、お兄ちゃんやな」と心を打たれました。

父との最期の別れでは、泣き崩れずにはいられませんでした。もう最期だと頭ではわかっていても、柩に横たわった父の手にずっと触れていたくて……。みんなで何度も「お父さん、ありがとう」「大好きやで」と感謝を伝え、父が目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫の二人が柩にそっとミニブーケを手向けてくれて、蓋を閉じました。

みんなの心の中に、
父が生きていることがうれしい

最期のお見送りには、親しい方々とたくさんのお花があふれていました

最期のお見送りには、親しい方々とたくさんのお花があふれていました

葬儀には親族も合わせて多くの方々が来てくださり、お供えのお花もあふれんばかり。父にはさみしがり屋の一面がありましたから、どんなに喜んでいたことでしょう。母は「ありがたいなあ」と皆さんへの感謝の言葉を繰り返し、葬儀を終えた後、「お父さんって、すごい人やったんやなあ」とつぶやきました。その時に、にぎやかに父を見送れて本当に良かったと思いました。

父が亡くなって、葬儀を終えるまで3日間。「にぎやかな葬儀を」という父の最期の願いをかなえ、感謝を伝えたいと必死で、何をしていたかところどころ覚えていないほど慌ただしい時間でした。それでも、みんなでちゃんと父を見送れた、という思いがちゃんとあります。

ゴルフ祭壇は葬儀に参列してくださった方々の印象にも残ったようで、「あんな綺麗な祭壇、初めて見た」「忘れられない」と皆さん口々に言ってくれます。先日、父の友人に誘っていただいてゴルフをした時も、「あの旗、すごかったな」と祭壇の話になりました。父のことを覚えてくれていることがうれしいですね。みんなの心の中に父が生きているような気がして。

ご自宅に今でも飾られているパネルの前で(後列左から2番目がご長女様、前列左端が担当した中尾さん)

ご自宅に今でも飾られているパネルの前で

(後列左から2番目がご長女様、前列左端が担当ディレクター)

父の仏壇のある部屋には今、葬儀のために作っていただいたパネルを飾っています。 父と家族の思い出の写真をたくさん使った大きなサイズのもので、ご葬儀後も自宅を訪ねて来てくださる方々が目を留めてくれて、会話が弾むんですよ。作っていただいて良かった、とみんなで喜んでいます。

中尾さんには、参列してくださった方々の記憶に残る式を作り上げていただいただけでなく、私たちが悔いなく父を見送るために心を尽くしてくださったことに感謝しています。おかげでいいお葬式ができ、家族がひとつになれた気がしています。

父の好物の卵焼きを母は毎日焼いていました。その話を聞いた中尾さんからの提案で、お通夜の夜に式場で母と姪が卵焼きを作り、お供えをしました。父の好物の卵焼きを母は毎日焼いていました。その話を聞いた中尾さんからの提案で、お通夜の夜に式場で母と姪が卵焼きを作り、お供えをしました。

父の好物の卵焼きを母は毎日焼いていました。
その話を聞いた中尾さんからの提案で、 お通夜の夜に式場で母と姪が卵焼きを作り、お供えをしました。

【式場】イマージュホール精華(京都花駒)
【時期】2020年9月
【故人】お父様(68歳)
【喪主】ご長男様
【会葬者数】親族:50名、一般:250名
【葬祭ディレクター】中尾理恵
【葬儀プラン】オリジナルプラン

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